東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)1455号 判決 1965年8月25日
原告 広瀬竹国
被告 株式会社佐藤商店 外一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
当事者双方の求める裁判
(原告)
被告等は原告に対し、各自金五〇万円並びにこれに対する昭和三九年一一月二一日より完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
(被告株式会社佐藤商店)
主文と同旨。
当事者双方の主張
(原告の請求原因)
一、原告は左記約束手形一通の所持人である。
金額 五〇万円
満期 昭和三九年一一月二〇日
支払地振出地とも 福岡県久留米市
支払場所 株式会社佐賀銀行久留米支店
振出日 昭和三九年七月二〇日
振出人 株式会社佐藤商店
受取人兼第一裏書人 旭工機株式会社
第二裏書人 江川義男
右各被裏書人欄 白地
被告株式会社佐藤商店は右手形を振出日白地のまま訴外旭工機株式会社にあて振り出し、被告江川義男は原告に対し拒絶証書作成義務免除のうえ裏書譲渡し、原告は、これを満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、拒絶された。
その後昭和四〇年六月七日原告は右手形の振出日を昭和三九年七月二〇日と補充した。
よつて原告は被告ら両名に対し、各自右手形金およびこれに対する満期の翌日から完済まで商事法定利率たる年六分の遅延損害金の支払を求める。
(被告佐藤商店の主張に対する認否ならびに反駁)
一、被告佐藤商店は本件約束手形の振出を否認しているが、その主張によれば少くとも、本件約束手形が被告佐藤商店代表者の適法な記名押印のもとに作成され、同被告がこれを訴外旭工機株式会社に対し交付の意思を以て書留速達に付した事実を自認しているのであつて、右事実によれば、被告は本件手形を有効に振り出したものにほかならない。
二、本件手形について被告佐藤商店主張のような除権判決のなされた事実は認める。しかしながら、本件約束手形の振出人である被告佐藤商店には公示催告の申立権がないのみならず、本件約束手形は公示催告期間中である昭和三九年一一月二〇日被告佐藤商店に呈示され、同被告は本件約束手形の所持人が原告であることを確知したのであるから民事訴訟法七六九条二項、七七四条二項五号の規定上もはや公示催告申立手続の維持を許されないこと明らかであり、このような場合は、右除権判決は同法七七四条一項所定の不服の訴による取消をまつまでもなく、当然無効である。
三、訴外旭工機株式会社の裏書が偽造である事実は否認する。仮りに偽造であつても、本件手形の裏書の連続を何ら害するものではない。けだし、裏書の連続の有無は手形面上の形式的記載のみによつて決せられるべきであるからである。
(被告株式会社佐藤商店の答弁ならびに抗弁)
原告がその主張の手形を所持すること、満期に支払場所へ呈示されたが支払を拒絶されたことはいずれも認める。被告会社が右手形を振り出したことは否認する。尤も被告会社が右手形を作成し、振出人として記名捺印したことは認める。しかし乍ら右手形は被告会社が訴外旭工機株式会社に対し、書留速達郵便を以て郵送中亡失したものである。そこで被告会社は直ちに久留米簡易裁判所に対し、約束手形の公示催告の手続を申し立てた上、昭和四〇年四月一二日本件手形につき除権判決を得た。また、本件約束手形の第一裏書欄に記載されている訴外旭工機株式会社の裏書は偽造であるから本件手形の裏書は連続を欠く。よつて原告の本訴請求は失当である。
被告江川義男は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出もしなかつた。
(証拠関係)<省略>
理由
被告佐藤商店関係
原告がその主張のような約束手形一通を所持することは当事者間に争いがない。
しかして被告佐藤商店が右手形を作成し、振出人として記名捺印の上訴外旭工機株式会社あて書留速達郵便を以て郵送に付したことは同被告の認めるところである。
そうしてみればたとえ同被告主張のように、その郵送途中において右手形が亡失し、旭工機株式会社に届くに至らなかつたからといつて、同被告はその後右手形を善意取得した者に対し、振出人としての責任を免れえないと解するのが相当である。
けだし、発送した手形が相手に到達しない限り手形振出行為としては未完成であるが、既に手形を作成し、これを交付の意思をもつて郵便に付した以上、一種の危険をおかしたのであり、その後の手形取得者をして手形の有効性を信頼せしめる基礎をつくり出した責任があるから、これを負担させるのが妥当というべきだからである。
次に右手形につき、同被告の申立に基き、久留米簡易裁判所において、公示催告の上、昭和四〇年四月一二日除権判決が言渡されたことは当事者間に争いがない。
ところで原告は右除権判決は当然無効だと主張するので考えてみる。先ず原告は本件約束手形の振出人たる被告佐藤商店にはそもそも公示催告および除権判決の申立権はないと主張するが、なるほど振出人(ないし振出署名者)は自ら手形権利者として手形上の権利を行使することはないし、本来手形の交付前に盗難ないし遺失により占有を失つた場合は有効な振出行為はなく、この場合もし除権判決の有無に拘わらず、手形上の債務を負わないとすれば、敢えて除権判決を求める利益はないとも考えられるが、前記のとおり右の場合でも手形の善意取得者に対しては必ずしも手形債務を免れえないから、このような結果を避けるため除権判決を得る利益がないわけではない。従つて本件約束手形の振出署名者たる被告佐藤商店も公示催告および除権判決の申立権を有すると解すべきである。
つぎに、成立に争いのない甲第一号証中符箋部分の記載によれば本件約束手形が支払場所に呈示された昭和三九年一一月二〇日は公示催告期間中であつたこと、従つて被告は本件手形の所持人が原告であることを確知したことが認められる。このように手形の所在が判明した場合、被告としては直接原告に対し、手形の返還を請求すべきであつて、裁判所に対して除権判決の申立をなすことは除権判決制度の本質上、本来許されないものといわねばならない。
しかしながら、それにも拘わらず、被告の申立に基き、裁判所が審理の結果所要の要件を備えるものと認めて除権判決の言渡をなした以上、これを当然無効とする法律上の根拠はない(ちなみに原告は本件手形につき公示催告のなされていることを了知しながら、権利の届出をなさなかつたのであるが、かりに原告が権利の届出をしたにも拘わらず、裁判所がこれを顧みることなく、除権判決を言渡した場合においても、これが取消のためには民事訴訟法七七四条二項、七七五条に規定する不服の訴によらねばならないのであつて、これと対比してみても本件の場合除権判決を当然無効とするいわれはないと考えられる)。
以上の次第であるから、原告の所持する手形は前記除権判決の言渡と共に無効に帰し、既に手形としての機能を喪失したものというべきである。
してみれば原告が右手形の有効なることを前提とし、被告佐藤商店に対して手形金の支払を求める本訴請求はもはや許されないものといわなければならない。
被告江川義男関係
原告は被告江川に対し、本件手形の裏書人としての償還義務の履行を求めるものであるから、そのための要件の一として反対の特約のない限り、本件手形が呈示期間内に適法に呈示されている必要がある。しかるに、原告の主張によれば、本件手形は被告佐藤商店が振出日白地で振り出したものであるところ右白地が補充され完成手形として呈示期間内に呈示された事実のないことが明らかであるから、原告は被告江川に対する遡及権を失つたものといわねばならず、その余の点について判断を加えるまでもなく本訴請求は失当である。
よつて原告の被告らに対する請求はいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤安弘)